シルクロードに馳せる ~敦煌~

東西の交易路として栄えたシルクロード。

ビジネスに関わるものなら、商人たちが利益を求めて、危険を冒してでも遥か西方から文物を運んだ、というストーリーに少なからず望郷の念を感じるのではないだろうか。

そして、それらの遺構を見るだけで、果てしなく想像が広がり、歴史のロマンを感じるのではないだろうか。

という訳で、なぜかシルクロードに浸りたくなり、映画「敦煌」を見た。

井上靖原作の小説を映画化したものだが、映像は現地でロケして撮られたものなので、非常にリアル。北京から敦煌4000キロにかけて映像を取って回ったという。また、敦煌市近郊に1万㎡の古城セットまで作っており、現在でも観光スポットになっているというすさまじさ。

しかも。出演者も西田敏行他、そうそうたるメンバーがそろっている。


出展:https://plaza.rakuten.co.jp/

色々調べてみたところ、バブル真っ最中の1988年に作られた映画で、制作宣伝費は45億円もかけているとの事だったので、道理で豪華なはずである。

あらすじを細かく語るのは当サイトの本筋ではないので、以下にウォーカープラスの説明を引用したい。

【あらすじ】
11世紀の宗。科挙の試験に落ちた趙行徳は、街で西夏の女を助けた礼として、西夏への通行証をもらった。西夏の文字に興味をもった趙は西域へと旅立つ。

灼熱の砂漠を尉遅光の隊商と共に歩いていたが、途中で西夏軍漢人部隊の兵士狩りに会い、無理矢理入れられてしまう。隊長の朱王礼は文字の読める趙を重用した。漢人部隊がウイグルを攻略した際、趙は美しい王女ツルピアと知り合い恋におちた。

二人は脱走を試みるが失敗、趙は西夏王・李の命令で都へ文字の研究に行くことになった。二年後、趙が戻ると、李はツルピアと政略結婚しようとしていた。趙も朱にもどうすることもできなかったが、婚礼の当日ツルピアは自殺した。ツルピアに思いを寄せていた朱の怒りは爆発し、敦煌府太守・曹を味方につけて李に謀反を起こした。

敦煌城内で死闘を繰りひろげる漢人部隊と西夏軍本部隊。初めは漢人部隊が優勢だったが敦煌城に火矢が放たれ、朱側は火に包まれた。戦うことより文化遺産を戦火から守ることに使命を見出していた趙は、教典や書物、美術品などを城内から莫高窟へ運び込んだ。
出典 http://movie.walkerplus.com/mv17793/

西夏初代皇帝、李元昊(渡瀬恒彦)。
出典 blogs.yahoo.co.jp

砂漠での戦闘シーン
出典 anian-club.jp

恋愛あり、戦闘あり、歴史あり・・・もう歴史好きには見ているだけでたまらなく楽しい1本。シルクロードにおける交易や国家間の戦争など、男たちが自分の夢や目標の実現に命を懸ける、その凄まじいまでの執念や情熱が見えるからこそ、面白いのだと思う。

よく、海外に遺跡を見に行ったりすると、こんな石と砂しかないところより、バーバリーの店に行きたいという話になったりもするわけだが、こちらとしては石と砂の向こうに流された血や、男たちのストーリーを想像しながら見ているわけで。

という訳で、取り止めもなくなりましたが、そんな思いを掻き立てるような写真を幾つか張っておく。

以上


この記事を書いた人
りーぶら
りーぶら30代、都内在住、男性。

大企業に勤務するサラリーマンで、M&Aを手がけたり、世界を飛び回ったりしている。ぬるま湯に浸かって、飼い慣らされているサラリーマンが大嫌い。会社と契約関係にあるプロとしての自覚を持ち、日々ハイパフォーマンスの極みを目指している。歴史を学ぶことは未来を知ること、を掲げてしばしば世界を旅している。最近は独立して生きる力を身に付けるべく、資産運用に精を出している。好きな言葉 「人生の本舞台は常に将来に在り」

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