食文化から見える地政学 〜なぜ和食は美味しくて、イギリスの食はなぜまずいのか〜
私は仕事で、旅行で、世界60ヶ国近く旅してきた。
その経験から断言できるが、日本の食文化は世界一奥深い。
食、とは実は非常に漠然とした言葉だが、分解して考えて見ると以下の要素に分けられる。
まず、材料、素材。
そして、素材の配分量を踏まえた調理方法。
更に、食事する際の作法。
また、食器や食事する場所。
これらが複雑に絡み合って、食文化は形成されている。
つまり、食とは材料や料理方法だけでなく、その背景には、その国や地域の精神性や文化が宿っているのである。
これらを鑑みても、和食は、世界で一番奥深いと言っていい。
素材、調理方法、作法、食器や場所など、あらゆる要素がバラエティーに富んでおり、何より全てが和食の精神性によって深みを増しているからである。
和食の精神性とは、例えば熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、といった懐石料理の考え方にも現れているような、新鮮さを重んじる精神が挙げられる。
熱いとか、冷たい、というのはモノの一瞬のあり姿を指している。
一瞬を大切にする、という考え方は、武士道として日本に根ざしている考え方である。
現代でも、日本人は桜が大好きである。散り際が美しく、一瞬の命を燃やしている姿に、自分の命を重ねて見るからこそ、桜は美しい。
日本人は知らぬ間に、そういう感性を身につけており、食文化にもこの感覚が根付いているのである。
また、一瞬を大切にする、という感覚は、四季の重視にも繋がっている。
実は四季がある国は、世界に意外なほどに沢山あるのだが、日本人ほどに四季を楽しみ、食においても季節性を重視する国民はいない。
更に、これも桜の散り際と通じる話だが、自らの主張を抑え、人々と協調し、自然と共に生きる、というのが日本人のアイデンティティとなっている。
このアイデンティティが、ダシを基調とした料理にあらわれている。
和食はこういった、奥深い精神性が根底にある。
そして、この精神性のもと、多種多様な食材が和食を和食たらしめている。
日本人は近海魚、遠洋魚、淡水魚、とありとあらゆる魚を食べる。
また、貝やワカメなどの海産物も食べ尽くす。
また、日本には緑豊かな山があり、山菜などの山の幸が果てしなくある。
こうして、深い精神性と豊かな食材が混ざり合って、和食は非常に豊かな食文化となったのである。
更に、地理的な要素は、食材を豊富に提供してきただけではない。
日本は山、川、谷、海、湿地などで構成されており、地理的な分断が起こりやすい。
つまり、愛知など海沿いの街ではシーフード、長野などでは山菜などの山料理が花開いた。
そして、各地域の食文化が京都に集結し、京都文化として和食の基礎となっていった。
また、単身赴任者が膨大に江戸に集まった江戸時代には、天ぷら、そば、すし、などのファーストフード文化が花開いていった。
こういった要素が複雑に絡み合って、和食は世界一奥深い食文化となっているのである。
話が長くなったが、食がまずいと言われる代表のイギリスではどうだろうか。
まず、イギリスは真っ平らに近い。イギリス北部のスコットランドは1000m級の山が連なっているが、イギリスの大部分はほぼ平坦である。
これにより、食材はジャガイモやニンジンなどが主で、地形の複雑さがうむ食材がほとんどない。
山の幸なんて存在しない。イギリス人は500mの丘を指して山というくらいである。
こんな環境なので、街ごとの食文化の違いも極めて少ない。
また、イギリス周辺の海は魚のバラエティが少ない。
日本海などは、潮流によりプランクトンが豊富で、様々な魚が取れるが、イギリス周辺では美味しく食べられて、取りやすい魚が多くない。
こういった地理的な要素に加え、常に気候が冷涼というのも食の変化の乏しさに影響を与えている。
四季らしきものはあるが、日本ほどにダイナミックな四季はない。草木は枯れる、というよりも、冬になったらちょっと茶色になって、夏になったら緑になる感じである。
日本のように、夏に広葉樹がボウボウに生える感じではない。
このような環境において、食を楽しむという感覚は育まれにくい。
更に、中世ヨーロッパを通じて、西欧の食文化の中心地はパリだった。肉、野菜、魚がバラエティに富んでおり、貴族たちはスープからはじまるフランス料理を産み育てていった。
一方、イギリスではフランスと戦争が続き、フランスへの反感もあった上、上流階級が質素な暮らしをしていたなどの理由もあり、宮廷や貴族たちのあいだで食文化が育たなかった。
このようにして、イギリスにはフィッシュ&チップス、うなぎのゼリー寄せ、ヨークシャープディングなどといった名物料理しかないのである。
と、ここまで書いて、和食を礼賛してイギリス料理をけなしたいのが、本文の趣旨かというとそうではない。
実は日本人が世界に誇る和食も、好みに過ぎず、世界一うまいかどうかは、食べ手次第なのである。
これは実話だが、イギリス人を日本で接待していたときのこと、トンカツ、しゃぶしゃぶ、鉄板焼き、天ぷらなどを振舞っていた頃は喜んで食べていた。
しかし、1週間たって、寿司、刺身、懐石、あたりを食べさせてみたところ、喜びが陰ってきた。
そいつの奥さんにこっそり話を聞いてみたところ、日本食は美味しいけど、ホテルの朝食で出てくるベイクドビーンズが一番だね!とボヤいていたとのこと。
また、インド人を接待した時は、カレーが食べたい、と繰り返しいうので、日本が誇るCoCo壱番屋に連れていったところ、カレーが甘すぎるとのこと。
そして、和食を食わせると、味が薄いらしく、醤油をかけたりソースをかけたりしていた。
彼らは小さい頃からスパイスたっぷりで育っているため、強い香りや味でないと、おいしいと感じないということを痛感した。
このように、人は育ってきた環境によって、美味しいと感じるものが大きく異なる。そして、一度美味しいと感じる感覚が育ってしまうと、それは後天的には中々変わらない。
私は、1ヶ月塩気のある食べ物を食べない、という人体実験をしたことがあるが、実験の直後にカップラーメンを食べると塩辛くてとても食べれなかった。
長い時間をかけて慣れていくもの、それが食であり、美味しさは万国共通ではない。
私は世界を旅していた時、1つの国には必ず美味しい料理が3つはある、という言葉を聞いた。
これは真理だと思う。
どんなに舌が慣れていなくとも、まずいと有名な料理でも美味しいものが3つはある。
それを探そうという心持ちで、その国に接し、食文化を知ることが、世界を知ることになるのではないだろうか。
以上
大企業に勤務するサラリーマンで、M&Aを手がけたり、世界を飛び回ったりしている。ぬるま湯に浸かって、飼い慣らされているサラリーマンが大嫌い。会社と契約関係にあるプロとしての自覚を持ち、日々ハイパフォーマンスの極みを目指している。歴史を学ぶことは未来を知ること、を掲げてしばしば世界を旅している。最近は独立して生きる力を身に付けるべく、資産運用に精を出している。好きな言葉 「人生の本舞台は常に将来に在り」
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