自営業者の最後
以下は私が10年前に記述した文章である。
朝、慌しく起こされた。すぐに着替えて家を出る準備をと伝えられた。普段と違う母の形相に、いささかとまどいながら、服を着て、荷物をまとめすぐに下へと降りた。下に下りるエレベーターの中で、父は無言だった。母は血の気の引いた顔をしていた。眉間には、深いしわがよっていた。
エレベーターが下につき、荷物を引きずりながら駐車場へと向かう。そこには数名の社員がいた。立体駐車場に入り、車が出てくるのを待った。その間、駐車場から外に出てみて、ガラス越しに、会社の中を見たとき、すべての事態が飲み込めた。
社内は荒れ果て、書類が床に散乱し、そこかしこにガムテープが貼り付けてあった。昨日まで陳列されていた商品も、無様に転がっていた。ひざの力が抜けそうになった。全身が硬直すると同時に脱力する、そんな体験したことのない感覚が襲った。
親戚が到着した。血色が失われ土色の顔になっていた。茫然自失として、荒れ果てた社内を見ながら立ち尽くした。それを見ながら、自分もまた立ち尽くし、如何程の時間が経ったのかもわからないほど、自分が自分ではなかった。
不意に、手をつかまれ、車に乗るようにと促された。気を取り戻し、すぐに車へと向かった。そして、荷物で狭くなった車内に乗り込み、車はすぐに発進した。市内をスピードを上げて走る車内で、ぼんやりと車窓を見ながら、今起こっている事を理解しようとしていた。
父は無言だった。ただ、ハンドルを握り、車を走らせていた。いつもと変わらない顔で。母は血の気の引いた顔で、未来が閉ざされた事を感じながら、不安を通り越した感情に支配されていた。姉もまた、不安に満ち満ちた眼差しで、じっとフロントガラスを見つめていた。
一人、状況を飲み込めていない様子の妹は、皆の感情の動きを察して、自分もまた不安な気持ちに包まれるとともに、何が起きたのかを聞きたそうな顔で、ただ座っていた。
今、未来はなくなった。完全になくなった。他の誰にとっても変わらない日常であるが、変わらない日常が過ごせると思っていた自分達にとって、変わりすぎた日常の訪れだった。
未来は、ない。想像の中にこそ存在する。知らぬ間に、その想像を誰もが育てる。環境から、人の言動から、書物から。外から入ってきた、自分の創造物ではない情報と知恵のかけらが組み合わさって、未来が出来る。
創り上げた未来は、この瞬間を変える力を持つ。人を動かす。喜びを感じさせ、悲しみを生む。未来、それ自体に意味があるわけでもないのに、思う未来を達成できないと知ると、無念を感じる。
過去の行動や言動を悔い、無念に思う事を後悔という。ならば、一瞬で過去に変わる未来、その未来が変わることで生まれる無念もまた、後悔ではないだろうか。過去も未来も火花のように一瞬で変わり行く。その狭間に今がある。
いやむしろ、過去も未来も今もなく、すべては火花だろう。だからこそ、ただ黙して、火花のごとくいればいい。線香花火を間近で見れば、よくわかる。はじける光が集まって、消えて落ちる。ただ、それだけの事だ。
以上
大企業に勤務するサラリーマンで、M&Aを手がけたり、世界を飛び回ったりしている。ぬるま湯に浸かって、飼い慣らされているサラリーマンが大嫌い。会社と契約関係にあるプロとしての自覚を持ち、日々ハイパフォーマンスの極みを目指している。歴史を学ぶことは未来を知ること、を掲げてしばしば世界を旅している。最近は独立して生きる力を身に付けるべく、資産運用に精を出している。好きな言葉 「人生の本舞台は常に将来に在り」
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