臨死体験①

2018年1月20日健康管理・育児

10月はとある事件のおかげで忘れられない月となった。始まりは10月15日、午後5時過ぎのこと。その日俺は、とある男と自宅で飲む約束をしていた。まぁ当日に急に決まった話ではあったが。

この日俺は少々時間がなく、食事は朝食のパン二つのみだった。外での用事を済ませ、普段と同じように家に戻り部屋で書類の整理を、ちょっとおかしな姿勢でしていた。しばらくすると、姿勢の悪さからか腰が痛くなってきたように感じた。腰を伸ばしてみたり、曲げてみたりしても直らない。

暖めれば直ると思い、風呂に入ってみた。熱くなってくると、痛みは和らいだ。うーん、良かった。などと思いながら、再び服を着て部屋に戻るとまた、痛くなってきた。そこで、俺は気付いてしまった。。。

これは、腹が痛いんだ、と。

その時点で時刻は7時を回っていた。待ち合わせの時間まであと30分。まぁ我慢していれば直るだろう、などと思いながらパソコンに向かっていたが、痛みは加速を続けていた。そして、彼が来る10分前。こらえられない痛みを抑えるべく入浴を試みた。

先ほど痛みが治まったわけだから、今回も治まるに違いないと考えた。10分入浴し、その間に彼(ぶっちゃけちくん)が家に着いた。俺は、少々治まった痛みと共に、風呂から上がり、体を拭いて知人の男(以下、ゴリラ)と会った。

ゴリラを呼んでおいて、しかも食事する予定だったため、腹痛が治まるまで待ってほしいと頼んだ。

しかし、痛みはさらに加速した。たった15分で猛烈に加速した。一緒に食事に出れそうもなかったので、コンビニで買ってきてもらうことにした。

コンビニからゴリラが戻り、俺におかゆを作ってくれた。まるで、彼女のようだが、こんなゴリラみたいな彼女はいらない。

まぁそれは良いとして、となりでウホウホ言いながら、俺の病状を気に留めるでもなく旨そうにカレーライス?らしきものを食べていた。俺は、それを見ながら、暖められたおかゆに一口もつけることが出来ないでいた。

そして、ついに嘔吐した。トイレでげろげろ。汗が全身から噴出した。嘔吐している間は腹の痛みが少し和らぐ。経済学部的に言うと、痛みと苦しみはトレードオフの関係にあった。

この便所への参勤交代を繰り返すこと4、5回。耐え切れなくなった俺は、ゴリラに言った。すまん、病院に行こうと。

そして、ちゃりで病院へ向かい、横をゴリラが走った。病院への道のりは10分ほどだったが、果てしない旅にも感じられた。

病院に着き、受付でゴリラが色々書いてくれていた。そして、どうやら受け入れを断られたらしい。死にそうな患者を目の前に、病院は医者がいないなどとのたまったらしい。

ゴリラは救急車手配のために外へと出て行った。ここで再び体調悪化した俺は、トイレで嘔吐した。

もはや、吐きすぎて胃液がすべて外に出てしまい、胆汁が口から出始めた。この苦しみは筆舌しがたい。まさに、死を感じさせるひと時だった。

やがて救急車の迎えが来るとの事で、病院の外に出て待った。うずくまっていると救急車が来た。担架に乗り、車内で名前などなど聞かれた。そして、とある大病院へと着いた。

緊急外来で点滴と痛み止め、さらにCTスキャンにレントゲンのフルコース。台に寝かされ、体を伸ばす度に脂汗が噴出した。痛み止めを求める俺に、医者は無慈悲にも待て待て、とばかり言っていた。

やがて、CTなどの結果が出て、原因不明と認定され、痛み止めを打ってもらえた。と同時に、強烈な眠気に襲われうつらうつらとし始めた。しばらくして、付き添っていたゴリラが帰り、俺は1人でいた。12時30分くらいまでベッドで寝ていたが、やがて医者が言った。

もう大丈夫だから帰って。睡眠できるし大丈夫だからと。

俺は、反論した。いや、まだ痛いし今日一晩だけでも入院しないと危ないと。しかし、医者はとにかく大丈夫だから帰れと言っていた。

医者に大丈夫と太鼓判を押されるからには帰るしかない。もし、痛くなったら救急車呼べば良いから、などと医者は言っていたが、1人暮らしではそれは簡単なことではないと知っての発言だったのだろうか。

やむをえず、帰宅することにし、会計をしタクシーを呼んでくれというと・・

え?あんた救急車で来てタクシーで帰るの?あーあーまったく

みたいな事を受付のババアが言っていた。家が近いにも関わらず、タクシーで帰るほど体調が悪い。それをこんな言い方をされては腹が立つ。だが、言い返す気力も体力も残されておらず、ただ、腹の痛みと戦っていた。

そして、帰り道にウィダーとおむすびを購入し家へと戻った。。

次回へ続く→


この記事を書いた人
りーぶら
りーぶら30代、都内在住、男性。

大企業に勤務するサラリーマンで、M&Aを手がけたり、世界を飛び回ったりしている。ぬるま湯に浸かって、飼い慣らされているサラリーマンが大嫌い。会社と契約関係にあるプロとしての自覚を持ち、日々ハイパフォーマンスの極みを目指している。歴史を学ぶことは未来を知ること、を掲げてしばしば世界を旅している。最近は独立して生きる力を身に付けるべく、資産運用に精を出している。好きな言葉 「人生の本舞台は常に将来に在り」

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